嫉妬は自然な感情だ。誰でも抱く感情だ。嫉妬の感情を悪いものだと認識するのは間違っている。

嫉妬は誰でも抱く自然な感情だ。

 

なのにその自然な感情である嫉妬を悪いものと思う。

 

嫉妬を悪いものと思えば、その感情を抱いたとき、不安や罪悪や嫌悪を感じてしまう。

不安を抱くのは、「嫉妬という悪い感情」を抱いた自分を誰かに知られたら、軽蔑されたり、非難されたりするかもしれないからだ。

 

罪悪感は相手に対して「嫉妬という悪い感情」を抱いて申し訳ないと思うからだ。

 

嫌悪を抱くのは「嫉妬という悪い(汚い)感情」を抱いてしまったと思うからだ。

 

すべて、不安も罪悪も嫌悪も嫉妬が悪い感情だと思っているから抱いてしまうのだ。

 

嫉妬は悪い感情ではないのに。
だれでも抱く感情なのに。
老若男女だれでも抱く感情なのに。
そんな自然な感情を悪いものと思う。
そのせいで不安や罪悪や嫌悪を感じてしまう。

 

そんな感情間違っている。
自然な感情を抱いて不安や罪悪や嫌悪を感じるのは間違っている。

 

認識が間違っているからそんな間違った感情を抱いてしまうのだ。

 

嫉妬は悪いものという間違った認識が間違った感情を抱かせるのだ。

 

嫉妬は悪い感情ではない。

嫉妬という感情自体に悪いも良いもないのだ。

 

悪いのは嫉妬の感情によって怒りを誰かにぶつけて解消することだ。嫉妬の怒りを暴走させて誰かを傷つけてしまうことだ。そういう誰かを傷つけてしまう行動が悪いのであって、嫉妬という感情が悪いわけではないのだ。

 

嫉妬が悪いと思う人にはそれがわかっていない。だから自然な感情である嫉妬を抱くたびに否定してしまう。罪悪を感じてしまう。不安を感じてしまう。嫌悪を感じてしまう。

 

そんなシンドイ感情を認識が間違っているせいで抱いてしまうのだ。

 

嫉妬に罪悪や不安を感じることは純粋さの表れという人がいる。

 

それは間違っている。

 

嫉妬を抱くと罪悪や不安を感じるのは、認識力が足りないだけだ。

 

嫉妬を悪いものと認識する認識力の足りなさが間違った感情を抱かせるのだ。

 

だから認識を改めてほしい。
嫉妬は悪い感情ではないと。
誰でも抱く感情なのだと。

 

それができれば嫉妬のたびに不安や罪悪や嫌悪を抱くことはなくなる。

 

一度、悪いものと認識したものを自然なものと認識するのには時間がかかる。

 

でも、認識を改める努力、嫉妬をするたびにこれは悪い感情じゃないと言い聞かすことを続ければ少しずつ間違った認識を変えていくことができるはずだ。

 

千里の道も一歩からという言葉がある。

 

なにもしなければ自分を変えることはできない。変えられると信じて一歩進み出せば自分を変えることができる日がくる。

 

この言葉にはそういう意味も込められていると僕は思っている。

 

少しずつ焦らずに自分の認識を変える努力をしていけばいつかはきっと認識を変えられる。

 

僕はそう認識している。