嫉妬は自然な感情。誰でも抱く感情。嫉妬のメカニズム

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嫉妬のメカニズム

欲望が人に嫉妬を抱かせる

●嫉妬は自分のほしいと思っているものを他人が持っているときに抱く感情である。

 たとえばイケメンの彼氏がほしいと思っている女の子はイケメンと付き合っている女の子を見ると嫉妬する。

 

最新エルメスのバックがほしいと思っている女の子は最新のエルメスのバックを持っている女の子を見て嫉妬する。

 

最新のゲーム機がほしいと思っている男の子は最新のゲーム機を持っている人を見て嫉妬する。

 

このように嫉妬心は自分のほしいと思っているものを持っている人を見たときに抱いてしまう。

 

●相手の容姿やステイタスなどにも人は嫉妬する

美しい容姿を求める女の子は美しい女性を見ると嫉妬する。

 

かっこよさを求める男子はかっこいい男性を見て嫉妬する。

 

金銭欲が強い人は金持ちに嫉妬する。

 

上手な絵が書きたいと思っている人は絵が上手な人を見て嫉妬する。

 

このように人はステイタスなどにも嫉妬する。

 

●欲望が人に嫉妬を抱かせる。

人には欲望がある。

 

美味しいものが食べたい。

綺麗になりたい。

出生したい。

幸せな結婚がしたい。

可愛い恋人がほしい。

どれも人が抱く可能性がある欲望だ。この欲望は人によって個人差がある。

 

ある人は綺麗になりたいという欲望が異様に強いが、ある人は綺麗になりたいという欲望がほとんどない。という場合がある。欲望の強さには個人差があるのだ。この欲望の強さの差が嫉妬深い人とそうでない人を生み出す。

 

●欲望が強い人のほうが嫉妬しやすい

嫉妬は自分がほしいものを他人が持っているときに生じる感情だ。当然、ほしいという気持ちが強い人ほど強い嫉妬を抱く。

 

つまり、

○○がほしいという気持ちと嫉妬は比例関係にある、

ということだ

 

●ほしいという気持ちは誰でも抱く欲望である。

ほしいという気持ちは誰でも抱く欲望である。生きているかぎり必ず抱く感情である。嫉妬もそうだ。必ず抱く感情だ。ほしいという気持ちを抱くかぎり嫉妬を抱かずに生きるのは不可能なのだ。

 

そんな自然に抱いてしまう感情を否定するのは欲望を否定するのと同じことだ。欲望を否定するということは人の自然な感情を否定するのと同じことだ。そんなことをすれば精神疾患になってしまう。精神疾患になりたくなければ嫉妬を否定するのはやめたほうがいい。

 

●嫉妬は醜い感情ではない

嫉妬は醜い感情ではない。自然な感情だ。人に必要な感情だから抱く感情だ。もし、嫉妬という感情が人に必要ないなら進化の過程で淘汰されていたはずだ。でも、嫉妬は淘汰されずに残り続けている。それは嫉妬は人に嫉妬は必要だから残っているのだ。人に必要だから残っている感情を否定するのは間違っている。そう僕は思う。

 

今、現在人の中に残っている嫉妬という感情を否定するということは喜びや楽しいという感情を否定するのと同じことだ。そんな人間の特性を否定するようなことはやめたほうがいい。今、現在人の心の中に残っている感情はすべて人にとって必要なものだ。だから残っている。だから存在している。そう思うことが理に適っていると僕は思う。

 

だから嫉妬を醜い感情だと思って、その感情を否定しないでほしい。

 

●嫉妬を抱くことが醜いのでない。嫉妬に狂って非人道的なことをするのが醜いのだ。

嫉妬に支配されて、人の悪口を言ったり、八つ当たりしたり、人を陥れたり、いじめたりすることが醜いのであって、嫉妬を抱くこと自体は醜いことではない。

 

僕の嫉妬体験

●ドラゴンクエスト

僕も子どもの頃、どうしてもほしいものがあった。大人気ゲームソフト「ドラゴンクエスト」だ。どうしてもドラクエが発売日にほしかった。そして友達より先にドラクエを楽しみたかった。

 

でも、僕は発売日にドラクエを手に入れることはできなかった。予約していた。でもお店の手違いで手に入れることができなかった。

 

友達は発売日にドラクエを手に入れた。

 

僕はその友達が羨ましさと妬ましさを感じた。その友達からドラクエを奪ってプレイしたいさえ思った。そう思うくらいドラクエがプレーしたかった。それくらいドラクエがほしかったのだ。それくらいドラクエを求めていたのだ。その強く求める気持ちが僕に強い嫉妬心を抱かせたのだ。

 

もし、僕がドラクエになんか興味のない子どもだったら嫉妬なんて抱かなかっただろう。でも残念ながら僕はゲームが大好きだった。ドラクエが大好きだった。だからドラクエを強く求めていた。

 

でも手に入れられなった。求める気持ちを満たすことができなかった。だからドラクエを手に入れた友達に激しく嫉妬した。

 

●嫌いなクラスメートの彼女

思春期になり、僕はある女の子に恋をした。その女の子に告白したいと思った。でも、臆病な僕はその女の子に告白できずにいた。告白できずにいるうちにその女の子に告白した男がいた。

 

僕が嫌いなクラスメートの男子だった。その告白は成功した。僕の嫌いなその男子は僕の好きな女の子と付き合うことになった。

 

僕は激しい嫉妬に襲われた。その男をぶん殴りたいと思うくらいの嫉妬だった。それくらい僕はその女の子が好きだった。彼女と付き合ったときのことを何度も妄想するくらいその女の子が好きだった。

 

僕は告白しなかったことを後悔した。その後悔も嫉妬と同じくらい強いものだった。あんな男が告白成功したんだから、僕が告白していれば成功していたんではないかと思った。でも、どれだけ後悔しても後の祭りだった。後悔先にたたずだった。でも後悔せずにはいられなかった。

 

僕の嫌いな男子と好きな女子は付き合ったまま中学を卒業していった。

 

僕は苦い後悔と嫉妬を抱いたまま中学を卒業した。

 

嫉妬を醜いと思っていたこの頃の僕は自己嫌悪に苦しんでいた。嫌いなクラスメートとはいえ嫉妬を抱いて、彼女と別れろと思ったり、ぶん殴りたいと思ったりすることに罪悪感と嫌悪感を感じていた。

 

今ならこの頃に抱いていた嫉妬を抱いたとしても自己嫌悪を感じることも罪悪感を感じることもない。嫉妬は自然な感情だと思ってるし、嫉妬の対象の不幸を考えてしまうことも自然なことだと思っているからだ。

 

問題なのは嫉妬することでも後悔することでも相手の不幸を考えることではない。嫉妬に狂って非人道的行為をしてしまうことだ。そう思っているから今の僕は嫉妬を抱いたくらいで自己嫌悪も罪悪感も感じない。

 

もし、今でも嫉妬は醜い感情だと嫉妬を否定しつづけていたら、今でも嫉妬を抱くたびに自己嫌悪や罪悪感を抱いていたと思う。その姿を想像すると怖くなる。

 

嫉妬に苦しんでいる人の多くは、嫉妬は間違った感情だ、否定すべき感情だと思っていることが多い。それは間違っている。

 

何度も言うが、嫉妬は自然な感情だ。

 

否定しなければいけない感情ではない。