自分を好きになるためにはどうしたらいいのか?

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完璧主義をやめる

完璧に仕事や勉強をやろうとする人がいます。そのために尋常ではない努力をする人がいます。完璧にやろうとする気持は大事です。でも、その気持を常に実現しようと努力するのは無謀です。そんなことは不可能です。人は不完全な生き物だからです。どんな才能溢れる人でもミスを犯します。天才と呼ばれる人でもミスをします。天才ピアニストと呼ばれる人でもミスをすることはあります。天才ですらミスをすることがあるのに普通の人がミスしないで生きる=完璧に生きることは不可能です。

 

でも、過剰な完ぺき主義者の人はその不可能に常に挑んでしまいます。そして当然、失敗することがあります。何度も失敗します。そのたびに激しい自己嫌悪と悔しさに襲われます。求めるレベルが高すぎるからです。そんな失敗のたびに自己嫌悪や悔しさに襲われていたら病気になってしまいます。(完ぺき主義者はうつ病になるリスクが高いと言われています)

 

常に完璧な生き方をするのは不可能です。今していることの中で本当に完璧にやらなければいけないものはどれだけあるのか、一度ゆっくりと検証してみてください。きっと今まで完璧にこなさなければならないと思っていた仕事や勉強などの中に完璧にこなさなくてもいいもの、たとえば60%の出来でいいものや70%の出来でいいものがあるはずです。60%の力を出せば出来ることや70%の力で出来ることもあるはずです。

 

60~70%の出来でいいものを100%にすることはいいことだとは思います。でも、60~70%でもいいものに100%にするためには時間も労力もかかります。間違えなく60~70%の作業より時間と労力がかかります。そもそも100%なんて達成できない可能性だってあります。それなのに100%を目指せば無駄な労力と時間を使うことになってしまいます。そんな無駄な時間と労力を使えば「自分は何やっているんだ」という自己嫌悪を感じてしまいます。

 

そんな自己嫌悪を感じないためにも100%を、完璧を目指すのをやめてください。60%でいいことは60%の出来を目指してください。80%の出来でいいことは80%を目指してください。自分のしていることは何%の出来でいいのか判断できる目を養ってください。

 

ものごとに100%なんてないと僕は思っています。自分のしていることは100%の出来だと考えることは自己満足にすぎないと僕は思っています。どんな偉大な芸術家も100%の出来のものを作り出すことはできないと僕は思っています。だからそんな無謀な目標のために心と体をすり減らさないでほしいと僕は思っています。僕の意見が間違っているのかもしれません。でも、元完ぺき主義者の僕は自分の意見が間違っているとはそう簡単に思うことはできません。(この意見だって100%正しいとは限りませんが・・・これも100%の完璧さが存在しない証拠かもしれません)

 

自分を好きになるためには「目線」を変えることも大切

 自分を嫌ってしまう人は自分の欠点や失敗ばかりに目が言ってしまう傾向が強いです。

自分の欠点や失敗ばかりに目がいって自己批判や自己否定を繰り返し、その結果自分のことが嫌いになってしまったのです。当然です。自分の欠点や失敗ばかり見ていたら自分には欠点しかない人間のように見えてきてしまうからです。そんな錯覚を抱くようになってしまうからです。でも、錯覚は錯覚です。真実ではありません。ただ、自分の見方が欠点ばかり見てしまうせいでそんな錯覚を抱いているにすぎません。人にはそれぞれの個性があります。誰の中にも良い部分が必ずあります。たとえばどんなときでも明るく挨拶をする人。それはすばらしいことです。挨拶すらまともに出来ない人が世の中にはたくさんいるのにその人はきちんと挨拶ができているのです。それなのにそれを当たり前のこととしてしまい、先に進んでしまう。それはもったえないことです。誰もが必ずしもできるとは限らない挨拶をしたのです。もちろん、常識的な人は誰でも挨拶をします。でもすべての人が常識的な人ではありません。非常識な人だって世の中にはたくさんいます。当然、挨拶もできない人もたくさんいます。そんな世界の中で自分はきちんと挨拶ができている。それはすごいことだと僕は思います。評価してもいいことだと思います。他人は評価してくれないと思います。でも、自分の中では評価してもいいことだと思います。挨拶もできない人がたくさんいる中で自分はあいさつができると自分を褒めてもいいと僕は思います。それなのにそれを当たり前のこととして、ほめることをしない。毎日毎日自己批判ばかりを繰り返す。そんな生き方は自分をどんどん嫌いにするだけの生き方だと僕は思います。物事の見方を変えればそんな自分を日々嫌いになるような生き方から解放されるのに自分を好きになれない人はそんな救いのない生き方を繰り返してしまいます。

そんなネガティブな生き方やめるべきだと僕は思います。物事の見方を変え、もっと自分を評価してもいいと思います。もっと自分を褒めてもいいと思います。どんな些細なことでもいいんです。どんなありきたりなことでもいいんです。「早起きができた」「遅刻せずに学校に行けた」「宿題をきちんとやった」「夜更かしをしなかった」「嫌いな食べ物を少しだけ食べられた」「会社で嫌いな人にきちんと挨拶ができた」そんな常識的なことをしたときでも自分を評価してあげてほしいんです。それを習慣にしてほしいんです。そうすれば自己批判の回数が確実に減ると思うんです。

自分を成長させるためには自己批判は必要です。でも過剰なまでに自己批判するのは生産的ではありません。他者に批判されたときのことを思い出してください。いい気持ちはしませんよね?嫌な気持になりますよね?そんな他人にされて嫌な行為を自己批判を繰り返す人は毎日のように繰り返しているんです。それでは心が病んでしまいます。

病んでしまう前に自分を自分で褒められる習慣を身につけてください。はじめは馬鹿馬鹿しいと思うかもしれません。でも毎日繰り返していれば慣れます。慣れればそれが習慣になります。大丈夫です。自分を褒める行為は自己批判のように自分を傷つけることはありません。 だから続けてみてください。褒められそうなことは片っ端から褒めてください。その習慣が身につけば他人を褒めることも上手になります。他人だって批判されるよりは褒められるほうがうれしいはずです。

だから自分を褒める習慣を身につけ、他人も褒められるようになりましょう。他人にとっても自分にとってもプラスになることができるようになるために。

 

 

「溜める」生活はしない

何事も「溜めない」ことが大切です。

ストレスがたまると、人は攻撃的になります。

攻撃性は他人に向けられる場合もあれば自分に向けられる場合もあります。

他者に攻撃性が向けば他者批判、自分に攻撃性が向けば自己批判になります。

過度なストレスを溜めないよう上手にストレス解消しましょう。

 

自分の短所、欠点との向き合い方を変える

自分を好きになれない人の多くは自分の短所や欠点に劣等感を抱いているケースが多いです。努力によって解消できる劣等感なら問題ですが、努力によって解消できない劣等感は問題です。その人の人生に劣等感が重くのしかかってくるからです。いつも自縛霊のようにその劣等感はその人に付きまとい、その人を苛みます。

その劣等感を見ないようにするのは不可能です。他人と比較するたびにその劣等感は自己主張を始めるからです。

そんな劣等感にとりつかれてしまったらどうすればいいのか?

一番いいのは自分が打ち込める何かを見つけることです。打ち込めることで自分を磨くことができれば自己評価を上げることができます。自己評価が上がれば上がるほど以前感じていた深刻な劣等感が軽くなります。もちろん、劣等感が消えることはないかもしれません。でも、他の自分にできることで自分の評価を上げることで自分の劣等感を軽くすることはできるんです。

なので、劣等感にこだわり過ぎず、自分の評価を上げることができることを見つけましょう。自分の自信を高められることを見つけましょう。

もしかしたら、打ち込めるものに夢中になっているうちに劣等感が消えているかもしれませんよ。その可能性はゼロではありません。

打ち込めるもの、自己評価を高められるものを見つけましょう。